「朝〜、朝だよ〜、朝ごは…」
 昨日に引き続き、目が覚めるどころか脱力効果で気力が10くらい低下しそうな名雪の声で目を覚ます。自分の声を録音可能な目覚ましなのだからとっとと自分の声を再録音したほうがよいのだが、昨晩はそんな余裕はなかった。
(本当になんだったんだろうな……)
 俺は完全に覚め切らない頭で、昨晩の出来事を振り返った。正直悪夢とも呼べる出来事はとっとと忘れたいのだが、あまりに印象深かったため完全に忘れ去る自信はない。
 あれは本当にポルターガイストなどというオカルト用語で片付けられるほど生易しい怪奇現象ではなかった。明らかに何かしらの悪意に基いた現象としか感じられなった。
 あの時俺を助けてくれた少女は、「今宵は、いつになく魔物がざわめく」と語っていた。彼女の言葉を信じるなら、俺を攻撃した存在は、魔物ということなのだろうか。
 では、彼女のいう魔物とは何なのだろう? やはり悪霊の類なのだろうか。しかし、魔物の正体が何であるかより俺が気になるのは、「いつになく魔物がざわめく」ということだ。いつになくということは普段と比較してとのことだろう。つまり彼女のいう魔物は普段からざわめいているということになる。
(学校、行きたくねぇな……)
ということは、これからも校内で魔物に襲われる可能性があるということだ。悪霊の類なのだろうから夜にしか出ないだろうが、油断はならない。そんな昼間からバイオハザードな展開になりかねない学校になんて、行く気にならない。
 けど、魔物が怖くて登校拒否なんて言い訳が通じるわけがない。第一そんなことを話しても誰にも信じてもらえないどころか、軟弱者のレッテルを張られるのがオチだ。
(ともかく、もっと情報が欲しいところだな……)
 あの少女は自ら魔物を討つ者と言っているだけに、魔物に関して詳しいのだろう。彼女なら魔物の正体、出現時期を知っているかもしれない。ならば、彼女から情報を聞くという目的で学校に行かなくてはならないだろう。そう思い、俺は昨晩の恐怖に苛まれつつも学校に行く決心をした。



第壱拾六話「記憶無き再會」


 ジリリリリリ!
「うおっ、しまった!?」
 着替えて部屋を出ようとした瞬間、昨日に引き続き大音量の目覚まし攻撃を食らった。今日はこれを未然に防ぐために名雪が起きる時刻の10分前を想定して目覚めたのだが、考え事をしてしまい早起きがすっかり無駄になってしまった。
「さてと、あとは名雪を起こすだけか……」
 大量の目覚まし時計を手作業で一つ一つ止め終え、俺は最後の一仕事に取りかかろうとした。理由は分からないが、名雪は俺の声で目覚める。ならば今朝もまた歌を叫ぶしかない!
「ダッシュ! ダッシュ! ダンダンダダン♪ ダッシュ! ダッシュ! ダンダンダダン♪ ダッシュ! ダッシュ! ダンダンダダン♪ スクランブ〜〜ル♪ ダァァッシュ♪ おれは! 涙を流さない! ダダッダー♪ ロボットだか〜〜ら♪ マシーンだ〜〜から♪ ダダッダー♪……」
というわけで今日は「おれはグレートマジンガー」だ! 叫び声では「勇者王誕生!」に及ばないが、それでも十分叫べる歌だと俺は思う。
 ブンッ! ガシャッ!
「へっ……!?」
 今、目の前を何かが通り過ぎて床に落ちたような……。
「だ〜か〜ら〜〜、わたしの知らない歌で起こさないでって言ってるでしょ〜〜!!」
「わっ、名雪、タンマタンマ!」
 歌の効果で名雪が目覚めたのはいい……が、本人の意思を無視続けて歌を叫び続ける俺に堪忍袋の尾が切れ、名雪は手元にある目覚ましを抱えて俺に投げつけて来たのだった!
「祐一のバカバカバカバカ〜〜!!」
 ブンッ! ガシャッ! ブンッ! ガシャッ! ブンッ! ガシャッ!
「冗談ではない! 一時撤退だ!!」
 バタンッ!
 このまま立ち尽くしていてはLPがいくらあっても足りないと思い、俺は勢いでドアを閉めながら名雪の部屋を後にした。



「ったく、目覚ましは投げるもんじゃないだろ〜〜」
「う〜〜、朝のうたた寝を騒音でジャマされたら、怒るのは当然だよ〜〜」
「朝のうたた寝をジャマされたらって、ヤン=ウェンリーかお前は」
 朝、校門から校舎にかけて歩く間、朝の騒動について名雪と話しながら歩いた。確かに朝のうたた寝を邪魔されるのは誰だって嫌なものだが、あれだけ周囲に迷惑をかけても起きない名雪も名雪だと思うが。
「じゃあ名雪、俺はこの辺で」
「あれっ、教室に行かないの?」
「俺はお前と違って朝からテスト勉強やる気にならないもんでね」
 昨日の夜、俺がノートを学校に忘れたばかりか事故で真っ二つになってしまったため、名雪はろくに勉強できなかった。それで朝の内に少しでも勉強しておこうと、昨日より1時間ほど早く学校に来たのだった。
 俺の方は早朝から勉強をする気が起きず、名雪と別れて文化部長屋の方へ向かって行った。
「さて、げんしけんが開いているといいけど」
 ホームルームが始まるまでげんしけんで漫画でも読んでみようと思ったのはいいが、部室が閉まっているのなら意味がない。願わくば開いていて欲しいものである。
「おっ、おはよう祐一!」
「おはよう、潤。おまえも暇つぶしか」
 いざげんしけんに行くと、既に副團、潤、斉藤の3人が来ていて、漫画を読んだりゲームで遊んでいたりした。
「まあな。テスト受ける前に少しでもリラックスして嫌な気分を忘れたいからな」
「あれっ?」
 げんしけんの奥のほうに目をやると、副團と共にゲームで遊んでいる見慣れない人影があった。
「くっ、また僕の負けか……」
「これであたしの39勝7敗ね」
 ゲームが終わり、結果は副團の惨敗のようだ。その圧倒的強者の声を聞いた瞬間、俺は耳を疑った。何故ならその声はこの場に相応しくない者の声だったからだ。
「か、香里、どうしてここに!?」
 副團の対戦相手は、俺のクラスメイトであり名雪の友達でもある香里だった。
「あら、おはよう相沢君。別に深い理由はないわ。朝の練習までちょっと時間があるから、西澤君に付き合っていただけよ」
「テスト日だってのに朝練あるのか。大変だな」
 この際香里がヲタク趣味の持ち主か否かはツッコまないとしよう。
「おい! てめーら!! 昨日はよくも帰りやがったな!!」
 そんな時、團長が怒鳴り声でげんしけんに入って来た。
「せっかく有紀寧の悶え死ぬくらいカワイイドレス姿を見せてやろうと思って思考錯誤してたっていうのに!!」
 どうやら團長は、昨日の放課後みんなが團長を待たずに帰ったことにご立腹のようだ。
「そう言われても、こっちにはこっちの都合ってのがあるっスよ」
「あ゛あ゛っ!? 有紀寧の可愛過ぎるドレス姿を見るより大事なようがあったっていうのか? どんな用か言ってみろや北川ぁ!」
「うっ、そ、それは……」
 團長に質問を返され、潤は答えに詰まった。そりゃ、團長の妹趣味に付き合っている暇なんてないっていうのが本音だろうけど、そんなこと本人の前で言ったらギッタギッタのメッタメッタにされ、ボロ雑巾のようにゴミ捨て場に投げ捨てられるのが関の山だ。
「悪いけど、オレには團長の実妹萌えに付き合うヒマはないんすよ……」
 答えに詰まった潤が、とうとう本音を漏らした。このタイミングで團長本人に本音を吐露するなんて、大した勇者だぞ潤。でも、今の一言で確実に寿命が縮まったと思うぞ。くわばらくわばら。
「何だとぉ!? 自分の妹を可愛がってどこが悪い! てめえらみたいに二次元キャラクターに愛情を注いでいるよりは遥かにマシだろうが!」
「……今のは聞き捨てならないっスね、團長。偉大なる萌え心がご理解できないとは、團長も困ったお方だ」
 己の萌え心にケチをつけられたと思ったのか、斉藤が立ち上がって團長に反論した。
「あんだと! 現実に彼女作れないからって架空のキャラクターに思いを寄せる心なんぞ理解できるかっての!」
「実際の彼女作れないからって実妹萌えに走る心なんぞ理解不能だって、そっくりそのままお返ししますよ」
「まあまあ、落ち着きたまえ二人とも。ここで争っても不毛なだけだ。このまま二人に溝が深まっては朝の練習に差し支える。続きは次の会議の議題にするとして、今は形だけでも仲直りしてくれ」
 團長と斉藤の間に副團が割って入り、二人をなだめた。副團の説得を受け、二人は遺憾な表情をしながらも互いに拳を控えた。
「うし! 気分は晴れねぇが、このままじゃ他の生徒に示しがつかねぇしな。いくぞオメーラ!!」
 團長の一声により、俺以外のみんなが立ち上がり、げんしけんを後にしようとした。
「そういうわけだ祐一君。僕たち應援團はこれから早朝練習に入る。君は時間が許す限りげんしけんにいて構わない。部長の僕が許可する」
 そう副團が最後に言い残し、他のみんなはげんしけんを後にした。團長の声で香里も他のみんなと一緒にげんしけんを後にしたようだが、ひょっとして香里も應援團なのだろうか? バンカラ服を着ているようではないから、應援團には見えないけど。
 ともかく俺は副團の厚意に従い、予鈴がなる前までげんしけんで時間を潰した。



「祐一、今日はどうするんだ?」
「そうだな。学食でパン買ってげんしけんかな」
 4時間目終了後、昼食をどうするか潤に訊ねられ、とりあえず昨日と同じくパンを買ってげんしけんで食べることにした。5時間目の最後のテストを気分良く受けるためにも、昼休みに気分転換したいところだし。
「けど、ちょっと用があるから、先に行っててくれ」
「ああ、分かったぜ」
 俺は潤に言伝して、一人教室を後にした。向かうのは、昨晩事件が起きたあの場所だ。
「今は何ともないようだな……」
 昨日怪現象に遭い、そして謎の少女と邂逅した2階の渡り廊下。昨晩は辺り一体に割れ散った窓ガラスも午前中の内に張り替えたようで、今は平然とした廊下だ。
 立ち止まり昨晩の出来事を思い出す自分の脇を、一般生徒が往来する。昨晩の出来事は應援團を通し教諭側へ伝わり、理由は分からないが一般には秘匿だとの潤の話だった。
 故に、俺の横を会釈しながら通り過ぎる生徒等には、この空間は未だに何の変哲もないただの渡り廊下に過ぎない。俺一人だけがこの地の異質な空気を吸っているのだ。
「ん? 彼女は……」
 多くの生徒が行き交う中、一人孤独に立ち尽くすように窓を眺める、一般的な女生徒より長身の長い黒髪の生徒が目に入った。もし彼女がまったく見ず知らずの相手だったら、背の高い物静かそうな少女が立ち尽くしているなと、軽い雑感を抱くだけだ。
 けど、俺はその少女に近付いていった。あの面立ち忘れるわけがない、彼女こそ昨晩この場所で自分を助けた黒髪の少女だ。
「やあ、こんにちは」
 ひょっとして相手は自分のことを忘れているかもしれないが、変に改まっても警戒されるだけだと思い、俺は軽い挨拶をして少女の反応をうかがった。
「……」
 けど、少女は一瞬俺の顔を見ただけで、また窓のほうに目を向けた。
「やっぱり覚えてない? ほら、昨日の夜助けてもらった。あの時は言えなかったけど、助けてくれてどうもありがとう」
 昨日は恐怖のあまり自分を助けてくれた少女に感謝の言葉を投げかける余裕すらなかった。俺はこの場で自分を思い出してもらうと共に、昨晩の礼をした。
「あの時の……?」
 俺が自分の素性を晒すと、ようやく少女は俺のほうを向いてくれた。
「あのさ、魔物って何? 今は襲われたりしないのか?」
 少女が俺の顔を見るや否や、俺は話を本題に振った。彼女から魔物の正体を聞き出せるかどうかは分からないが、このまま正体すら分からぬ魔物の影に脅えながら残りの学園生活を送りたいとは思わない。平穏とした学園生活を取り戻すためにも、何としてでも彼女から魔物の正体を聞き出さなくてはならないのだ。
「今は大丈夫……。これだけ人が多ければ私の気配を感じ取れない……」
「えっ!?」
 無愛想な声で少女は語る。それはつまり、魔物は彼女のみをターゲットにしているということなのだろうか。しかし、それだと辻褄が合わない。昨晩彼女が魔物と言ったモノは、明らかに俺に対し襲いかかって来た。本当に彼女だけに的を絞っているなら、魔物が俺を襲うはずはない。それとも昨晩は魔物が俺と彼女を誤認したでも言うのだろうか。
「それよりも、あなたは誰なの……? 魔物が私以外の人間に危害を加えるはずはない。あれだけ魔物をざわめかせたあなたは何なの……?」
「えっ、誰って言われても俺は……」
 そう言えば昨日は名前を語る暇さえなかったなと、俺は改めて自己紹介をしようとした。
「あははーっ、こんな所にいたのね、舞」
 そんな時、黒髪の少女の名を呼びながら近付いて来る女性徒の姿があった。
「佐祐理さん!」
 声の主は、あの佐祐理さんだった。
「あっ、祐一さん。お久し振りですーー。祐一さんはここの生徒さんだったんですね」
「佐祐理さんこそ水高の生徒だったんですね。こんな所で会えるとは、本当に光栄です」
 思わぬところで再会した佐祐理さんと、俺は軽い会釈を交わした。
「ゆう……いち……?」
 そんな時、佐祐理さんが舞と呼んでいた少女が、何故か俺の名に反応した。ん、舞? どこかで聞いたような……。
「佐祐理さん、この人は?」
 喉元まで出掛かっているのに、舞という人間が誰だか思い出せない。仕方なく俺は佐祐理さんを通して紹介してもらうことにした。
「あははーっ、そういえば二人は初対面でしたね。彼女は川澄舞という名前で、佐祐理の大親友なんですよ〜〜。そして舞、この方は相沢祐一さんって言って、佐祐理の父のお知り合いのご子息さんなんです」
 川澄舞! そうだ思い出した。確か10年ほど前俺と一緒に遊んでいたって伊吹先生が言ってた子だ。まさかその舞さんが佐祐理さんの友達だっただなんて。
「あい……ざわ……ゆう……いち……? 私の、祐一……?」
「えっと、この場合久し振りって言えばいいのかな? 舞先輩・・・……?」
 虚ろな声で俺の名を口ずさむ舞先輩。俺のほうは俺のほうで実際会っていた記憶がないものの、昨晩を除けば一応10年来の再会ということで、ぎこちない挨拶をした。
「違う……」
「えっ!?」
「私の祐一は、私のこと先輩なんて呼ばない・・・・・・・・・……」
 そう言われても、昔舞先輩のことを何て呼んでいたなんかなんて覚えているわけもない。佐祐理さんは確か俺より一歳年上だったはずだし、佐祐理さんと同じ制服を着ているのだから舞先輩って呼ぶのが妥当だなって思ったんだけど。
「先輩は不服だったかな? じゃあ佐祐理さんみたく舞さんって呼べばいいのかな?」
 仕方なく、舞先輩じゃなく少し親しみを込めて舞さんって呼んでみることにした。もしかしたなら10年前もそう呼んでいたかもしれないし。
「違う……。私の祐一は私のことを舞さんなんて呼ばない……。私の祐一はそんな他人行儀に私を呼ばないっ! ねえ……、本当にあなたは私の祐一なの……? それともやっぱりまだ私のこと大キライなの……?」
「えっ? えっ?」
 まだ嫌いなのかって言われても、実の所会っていた記憶さえなかったりするけど、そんなこと本人の目の前で言ったら大激怒されるだけだし。激しい口調で問い詰めてくる舞先輩を前に、俺はただただ狼狽するだけだった。
「あ、あはは〜〜、どうやら舞と祐一さんは佐祐理の知らない間柄のようですが、ともかく時間も時間ですし、ご一緒にお昼にしましょう〜〜」
 場の空気が重くなったのを察してか、佐祐理さんが場を取り繕うように、3人で昼食を取ることを提案してきた。
「そ、そうですね。とりあえずお昼にしましょう」
 俺は佐祐理さんの気遣いに感謝しつつ、提案を受け入れて一緒に昼食を取ることにした。



「さっ、祐一さん、遠慮なくどうぞ」
「あ、あの〜〜佐祐理さん。昼食に誘われたのは嬉しいんでけど、何でこんな場所なんです?」
 佐祐理さんに招待された昼食会場は、学食でもげんしけんのような部室でもなく、何故か屋上へ通じる踊り場だった。
「あははーっ、学食で食べると皆さんにご迷惑をおかけすることになるので、毎日こうして屋上で舞と二人きりで食べてるんですよ〜〜」
「皆さんに迷惑をかけるって、ひょっとしてあまりに美人だから多くの男子生徒から声をかけられて、他の生徒に迷惑がかかるってことですか?」
「佐祐理は美人ではありませんし、声をかけてくるのは男子生徒だけではありませんが、そんな所です」
 どうやら佐祐理さんは男女共に人気があるようだ。まあ、本人は謙遜しているけど客観的に見て美人であるのは間違いないし、これだけ綺麗なら男女共に人気があるというのも頷ける。
「しかし、佐祐理さんの弁当は美味しいですね」
 昼食会に出された品々はすべて佐祐理さんの手作り弁当で、どのオカズも口から怪光線を吐きながら「う〜ま〜い〜ぞ!」と暴れたくなるくらい美味しいものだった。
「いや〜〜、これだと将来佐祐理さんのお婿さんになる人は、佐祐理さんの手作り料理以外は食べられない身体になりますね」
「あははーーっ、祐一さんったら、褒め過ぎですよ〜〜」
「……祐一、さっきから佐祐理と話してばかり……。どうして私には声をかけてくれないの……? やっぱり私のことキライなの……?」
 マズイ、せっかく佐祐理さんが気遣ってくれたというのに、佐祐理さんばかりに声をかけて、舞先輩の機嫌を更に悪くさせてしまった。少しでも会話をして舞先輩のテンションを上げなくては!
「あっ、いやその〜〜。舞先輩はいつも佐祐理さんの美味しい手作り弁当を食べられて幸せですね、な〜んて。アハハ……」
「ごちそうさまっ……!」
「あっ、舞!」
 やはり付け焼き刃の台詞で機嫌を取ることは叶わず、舞先輩はとうとうシビレを切らし、怒りながら踊り場を後にしたのだった。
「はぁ……すみません、佐祐理さん。せっかくのご厚意を無駄にしてしまって……」
「いえいえ。でも、確かに今のは祐一さんが悪いですよ。舞は祐一さんに特別な感情を抱いているようですから、佐祐理とばかりお話していては舞が機嫌を悪くするのも無理ないですよ」
「はい、全く持ってその通りです……」
「それはそうと、祐一さんと舞ってどのようなご関係なんですか?」
「はい、実はそのことで……」
 俺は正直に舞との関係を佐祐理さんに話した。
「はぁ、成程。つまり、舞とは10年来の再会ですけど、肝心の祐一さんは舞と遊んでいたことを全く覚えていないと」
「はい。何か舞先輩の方は俺のことよく覚えているみたいで。そんな他人行儀に私を呼ばないって言われてても、何て呼んでたかさえ覚えてないんです」
「でもそれは仕方ないことかもしれませんね。10年くらい前ですと、舞も祐一さんも小学校低学年くらいですし。その頃のことを鮮明に覚えていないくても不思議ではありません」
「そう言ってもらえると助かります」
「ただ、確かに舞は祐一さんのことをよく覚えているようですね。それだけ祐一さんと遊んでいた思い出が、舞にとっては大切なものなんでしょうね。
 それと、舞にとってそれだけ大切な思い出だということは、祐一さんとご一緒に遊んだのは一度や二度ではない気がします。祐一さん、我儘なお願いかもしれませんが、舞の為に昔のこと少しでも思い出していただけませんか」
「はい。俺も舞先輩とこのまま気まずい関係を続けたくないですし、頑張って思い出してみます」
 親友を思う佐祐理さんの為にも、舞と遊んでいた日々を思い出そうとする。一度ではなく記憶に残るくらい何度も遊んだ。そんなに俺は川澄舞という少女と仲が良かったのだろうか? 舞先輩が言うように他人行儀ではないもっと親しい仲になるくらい。
 ダメだ、思い出せない。そもそもどうして舞先輩と会っていたんだ、遊んでいたんだ、親しかったんだ? 分からない。それほどまでに嘗ての舞先輩と親しげに遊んだ理由は一体なんだったんだろう? 一体なんで……。

…第壱拾六話完


※後書き

 「Kanon傳」拾壱話の前半部に当たる回です。ほとんど書き直しましたので原型ないですけど(笑)。
 とりあえず今回は舞の心情書くのに苦労しました。祐一との再会に涙していきなり抱き付く展開にでもしようかと考えていましたが(笑)、最終的に今の形に落ち着きました。何と言いますか、自分は相手との再会に感激しているのに、肝心の相手の方は自分のこと全然覚えていなくて無愛想な態度取られたら普通は怒るなと。
 さて、次回は生徒総会の話になりますね。この話は自分の中でもお気に入りのエピソードなので、前以上に完成度の高いものにしたいですね。

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